『この世界の片隅に』のあらすじ・ネタバレ(ラスト結末)と感想!

映画『この世界の片隅に
ネタバレです!

 

戦前・戦後の広島を舞台に
戦時下の庶民の暮らしを
一人の少女の目線から丹念に描いた
長編アニメ映画『この世界の片隅に

 

小規模公開ながら徐々に公開規模を拡大し
異例の大ヒットを記録しました!

 

第40回日本アカデミー賞の
最優秀アニメーション作品賞にも輝き、
多くの人から支持された長編アニメです。

 

今回はそんな映画
『この世界の片隅に』の
詳しいあらすじやネタバレについて
触れていきたいと思います。

 

※注意:結末ラストまでネタバレしていますので
映画を見ていない方はご注意ください。

 

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◯あらすじ・ストーリー

 

では、まずあらすじから。

この映画の主人公は
浦野すず

 

彼女は広島市江波で海苔を作る家庭に生まれ
兄・要一と妹・すみの3人兄弟でした。

 

のんびりとした性格で
絵を描くのが得意な女の子。

 

 

物語は彼女が9歳の時から始まります。

 

●昭和8年12月、すず(9歳)

ふろしき包みを背負って
広島市内の料亭に海苔を届けに行ったすずは

そこで周作という男の子と出会い、
不思議な出来事を体験をします。

 

すずは、その時に体験した出来事を
妹のすみに絵に描いて説明しますが、

 

彼女自身もその体験が本当だったのか、
夢だったのか確信が持てずにいました。

 

 

●昭和10年8月、すず(10歳)

夏休みに、兄妹3人で親戚の家へ。

 

昼寝をしていると、すずの前に
座敷わらしと思しき女の子が現れ、

 

すずは、持ち帰るはずだった着物を
座敷わらしのために置いていきます。

 

そのことで兄から叱られるすずでした。

 

●昭和13年2月、すず(13歳)

学校で海の絵を描く課題が出されますが
転覆事故でお兄さんを亡くした
同級生の水原君は絵を描くことができません。

 

すずはそんな水原君に、海の上を
白いウサギが跳ねる絵を代わりに描いてあげました。

「こんな絵じゃ海を嫌いになれんじゃろが」

と言って水原君はその絵を持ち帰ります。

 

●昭和18年12月、すず(18歳)

海苔作りの仕事を手伝うすずのもとに
北条家との縁談話が舞い込みます。

 

相手はすずが
9歳の頃に会ったあの周作でした。

 

話はとんとん拍子で進み
翌年、すずは呉にある北条家へと嫁ぎます。

すずは朝ごはんの支度や配給当番など
北条家の嫁として懸命に頑張ります。

 

嫁いだ呉(くれ)には軍港があって
とても活気ある街でした。

 

 

●昭和19年3月

しばらくすると、
北條家の長女・径子が娘の晴美を連れて
嫁ぎ先から帰ってきました。

 

 

 

晴美とはすぐに打ち解けましたが
性格のちょっとキツめの、径子(けいこ)に
戦々恐々なすずでした。

 

しかし、まだ里帰りしていないことを
知った径子の計らいで、すずの里帰りが決まり
約一カ月ぶりに実家に帰省が叶います。

 

その際、妹から
10円ハゲができていると指摘され、
元来のんびり屋のすずには、生活環境の変化は
とっても大きなストレスだったようです。

 

●昭和19年5月

戦況の悪化にともない
配給が減らされたため、すずはご近所さんから
食べられる野草を教えてもらいます。

 

たんぽぽ、すぎな、すみれ、はこべ…

 

それらを使ったアイデア料理は
家族にも好評でした。

 

●昭和19年6月

呉の街でも建物疎開
(※空襲による延焼防ぐため
空き地を作ること)が始まります。

 

義姉・径子の嫁ぎ先も建物疎開の対象になり、
すでに彼女の夫も病死していたため
径子は離縁して北條家に戻ってきました。

 

 

●昭和19年7月

いよいよ、呉の街にも
空襲警報が出されるようになります。

 

北條家も空襲に備え、
裏庭に防空壕を作りはじめました。

 

ある日のこと
すずが港の軍艦をスケッチしていると
通りがかりの憲兵に没収されてしまいます。

どうやらスパイだと思われたようでした。

 

憲兵から厳重に注意されますが
スパイ行為じゃないと分かっている
北条家の面々は大爆笑します。

 

没収されたスケッチブックの代わりに
周作は小さな帳面をすずに渡しました。

 

 

●昭和19年8月

配給はさらに削減され、
ついに砂糖の配給も停止になります。

 

北条家は仕方なく闇市に出かけて
砂糖を買うことに。

 

そんななか、闇市でのお祭りのような賑わいに
目を丸くするすずは、
砂糖の値段の高さにも目を丸くしました。

 

その帰り道が分からなくなってしまい迷子に。

 

途方に暮れ、すずは小石で道に落書きを。

 

そこへ綺麗な遊女が通りかかります。

すずの落書きを見て喜んだ遊女が
帰りの道順を教えてくれました。

 

おかげで無事に帰宅できました。
(※この遊女の正体は10歳の時に見た
座敷わらしであると知る由もないすずでした。)

 

 

●昭和19年9月

周作からノートを届けるよう頼まれ
すずは呉の街に出かけます。

 

しかし、それはすずを街に連れ出す口実で
息抜きをさせたい周作の気遣いでした。

 

大きな軍艦が帰港し
大勢の水平でごった返す呉の街、
ひとけのない橋の上で2人は立ち話を…。

 

周作は少し痩せたすずを心配しつつ
すずと夫婦になれて本当に良かったと
心情を吐露(とろ)しました。

 

 

●昭和19年12月

ある日、海軍に入隊した水原君
(すずの同級生)がすずを訪ねてきました。

 

すずに想いを寄せていた彼は
出征(戦争にいく)を前に会いに来たのでした。

2人が親しげに話す様子をみて
内心穏やかでない周作でしたが

 

もう二度と会えないかもしれないからと
その晩、水原を納屋に泊めさせ
すずと2人きりにしてあげました。

 

水原はすずを抱き寄せますが…
すずは拒みます。

 

すずの周作への思いを知った水原は
「お前はほんまに普通じゃ。
 ずっと普通で、まともでおってくれ」
と笑って言いました。

 

 

●昭和20年2月

兄が戦死したという知らせを受けたすずは
合同葬儀のため周作と広島に帰ります。

 

しかし、
戦地から遺体を回収できなかったのか
遺骨箱の中は石が。

 

戦場の壮絶さを物語っていましたが、
すずは兄の死を実感できません。

 

 

●昭和20年3月19日

戦争はいよいよ激しさを増し
呉にも米軍の戦闘機が飛来してきました。

 

すずと晴美が畑にいた時
米軍の戦闘機への対空砲火で畑に破片が
降り注ぎます。
(画面では6色の対空砲火が空を彩ります)

 

幸い、北條家に被害はありませんでしたが
呉港の軍施設は大きな被害を受け
民間人にもかなりの犠牲者が出ていました。

 

 

●昭和20年3月29日

「警報発令!、警報発令!、防空服装、火の始末」

 

防空頭巾をかぶったすずが
指さし確認でかまどの炭火に水をかけます。

 

朝・昼・夜関係なくやってくる空襲は
すでに日常のものとなっていました。

 

 

●昭和20年5月5日

義父が勤務する工場が爆撃され行方不明者も。
義父とも連絡がとれません。

 

周作も海軍に徴兵され、3カ月の軍事訓練を
受けることになりました。

 

周作と義父がいない間、私がこの家を守る!
と周平に約束するすずでした。

 

翌朝、口紅をつけて周作を送り出します。
男2人がいない家はとても広く感じました。

 

 

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◯ラスト・結末(ネタバレ注意!)

以下、ネタバレ含みます。

●昭和20年6月22日

負傷した義父が海軍病院にいる
という知らせが届き
すずと晴美は義父のお見舞いにいきました。

 

その帰り、すずと晴美が病院を出ると
空襲警報が発令され、

 

2人は近くの防空壕で爆撃を逃れますが
途中で爆発に巻き込まれてしまいます。
(暗転し音も色彩もない世界に)

 

北條家で目覚めたすずは
自分の右手首より先がないことを知ります。

 

そして棚の上には晴美の遺骨箱が。

 

「ごめんなさい。晴美さん。
 ごめんなさい。お義姉さん。」

 

「あんたがついて居りながら…
 人殺し!晴美を返して!」

 

最愛の娘を失った義姉の径子は
やり場のない怒りを、すずにぶつけますが

 

「ごめんね、すずさん。
 あの子も動転しとってねえ。
 あの子だって本気で言うとりゃせん。
 あんたが助かっただけでも良かった。」

と義母はすずを慰めました。

 

 

●昭和20年7月1日

退院した義父が家に戻りましたが、
空襲が北條家を襲います。

 

焼夷弾が屋根を突き抜けて
室内に飛び込んできました。

 

すずは一瞬呆然となりますが
布団をかぶせて必死に消火します。

 

この夜、呉の市街地への空襲で
街の大部分が火の海となりました。

 

軍事訓練が中止になったことで
周作が家に戻ってきましたが、

 

すずは彼の顔を見たとたん、
意識を失ってしまいます。

 

 

●昭和20年7月3日

すずは精神を病んでいました。

 

そんな姉すずを案じ、
実家から妹が見舞いにきたことで
すずは元気を取り戻します。

 

その帰りに、妹を送って街を歩きますが
度重なる空襲で、呉の街はすっかり焼け野原。

 

広島の実家に帰っておいでと言い残し
妹は帰っていきました。

 

 

●昭和20年7月下旬

度重なる空襲の恐怖と、晴美への罪悪感、
そして右手を失った喪失感に耐えきれなくなり
すずは実家に帰ると周作に告げます。

 

周作は必死に説得しますが
すずの決心は変わりませんでした。

 

 

●昭和20年8月6日

義父と周作が出勤した後、
里帰りの支度をするすずに径子が謝ります。

 

「こないだは悪かった。
 晴美が死んだんをあんたのせいにして」

 

そう言ってすずを引き止めようとした直後
空が一瞬ピカッと光りました。

 

庭に出てみると
広島の方角に巨大なキノコ雲が…。

 

その約1分後、呉にも大きな揺れが起こり、
すずは思わず径子に抱きつきました。

 

 

●昭和20年8月7日

仕事から帰宅した義父の話では
広島に新型爆弾が投下されたとのこと。

 

広島とはずっと連絡が取れません。
実家のことが心配なすずでしたが
ケガが治っていないのでどうにも出来ません。

 

飛んできた爆撃機に向かって

「ああ、うるさいねえ。
 そんな暴力に屈するもんかね」

とすずは大声で叫びます。

 

 

●昭和20年8月15日

重大放送があることを回覧板で知り
ご近所さんとラジオを聴いていると
天皇陛下の玉音放送が流れます。

 

日本が戦争に負けたことを告げる
天皇陛下の肉声でした。

 

兄は何のために死んだのか、
晴海はなぜ死ななければならなかったのか。

 

納得がいかないすずは

「最後の一人まで戦うんじゃなかったんかね。
 まだ左手も両足も残っとるのに…」

と言って外へ駆け出し、泣きじゃくります。

 

径子も晴美の名前を呼びながら
家の陰で泣いていました。

 

その夜、これまで制限されていた灯りが
街のあちこちでともっていました。

 

 

●昭和21年1月

戦争も終わり、
年が明けてから、すずはようやく
広島を訪れることができました。

 

原爆で両親は亡くなっていましたが
妹は親戚の家で寝ていました。

 

妹の手には放射能障害の皮膚炎が。

 

広島で仕事を見つけた周作と
すずは待ち合わせをしました。

 

周作を待っている間、何人もの人が
誰かと間違えて声をかけてきます。

 

そこに周作が現れ、こう言いました。

 

「この街はみんなが誰かを亡くして
 みんなが誰かを探している。
 僕はすずさんをすぐに見つけられる」

 

その言葉を聞いてすずは

「周作さん、ありがとう。
 この世界の片隅にうちを見つけてくれて。
 ほいで、もう離れんで。
 ずっとそばに居って下さい」

と周平の手を握りしめました。

 

夜、広島駅で汽車を待っている間
周作は
「広島で所帯を持つか?」
とすずに尋ねます。

 

しかし、すずは
「呉はうちの選んだ場所ですけえ」
と言って断りました。

 

その時、女の子が近づいてきました。

その子は原爆で母親を失っていました。

「よう広島で生きとってくれんさったね」

 

2人はその子も連れて呉に戻ります。

 

北條家の人たちもその子を迎えいれ
今は亡き晴美の服を着せてあげました。

 

 

End

 

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◯感想

ネタバレを含みつつ
あらすじなどについてご紹介しました。

 

『この世界の片隅に』は
制作資金の一部をクラウドファンディングで
調達したことでも話題になりました。

 

それほどまでに多くの人がこの映画の完成を
心待ちにしていたわけですが

 

期待をはるかに超えるクオリティの高さに
資金提供した人達はきっと誇らしい気持ち
だろうなと思いました。

 

戦争という極限状態の中でも
人々はささやかな幸せを見つけながら
日常生活を送り、懸命に生きている。

 

この作品には、その当時の生活ぶりが
細部までリアルに描かれているため
強い共感が得られるのでしょう。

 

すずの声を演じた「のん」さんの演技も
素晴らしかったですね。

 

生きることの喜びと素晴らしさを
見事に表現していたと思います。

 

戦争経験者はもちろん
若い世代の人が観ても共感できる
愛すべき傑作アニメの誕生です。

 

 

>>『この世界の片隅に』の続き

 

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